1998年

*10月25日(日) 第25回定期演奏会

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ムソルグスキー
:組曲「展覧会の絵」
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調

迷ホラ吹き:こんにちは。SPO改め、MPOの迷ホラ吹きです。今日はかれこれ20年、当オーケストラの副指揮者を務めているさんと、前回の演奏会のプログラムで初登場のぼやきオヤジさんに来ていただきました。題して『ビッグ鼎談』・・・では吹き過ぎですね。こりゃまた『ビックリ鼎談』でいかが?

副指揮者Y:ハナからずいぶん軽いノリですが、大丈夫でしょうか。今回はホルン奏者にはかなりきついプログラムですけど・・・。

ぼやきオヤジ:なに、気にすることはない。彼はいつもあの調子なんだな。とちっても命を取られるわけじゃない、という程度に考えてるってわけさ。のんきなもんだ。

迷ホラ吹き:ぼやきオヤジさんにはかなわないなあ。ぼくだってそこまでいくのに、いくつか修羅場をくぐってきてるんだっチューノ。

副指揮者Y:まあまあ、アマチュアオーケストラでの個人攻撃は好ましくありませんから、話を進めましょうよ。この鼎談の主題は何ですか? この欄は確か『曲目について』でしたよね。
最初の曲はグリンカ(1804-1857)歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲です。ロシア国民楽派の祖であり、ロシア的民族的なものに西欧的なものを統合して普遍性を求め、ロシア五人組やチャイコフスキーに指針を与えた人です。

迷ホラ吹き:へぇー、そんな立派な人だったのですか。そのわりには、有名なのはこの序曲だけですね。

ぼやきオヤジ:この歌劇、プウシキン(1799-1837)の詩をもとに台本を作ろうとしたんだが、当のプウシキンは台本作りの途中に、なんと決闘で死んでしまったんだな。そこで、仕方なくグリンカは5人の友人に頼んだんだ。そのうえ自分でも台本に手を入れたため、メチャメチャさ。
だが、この序曲はよく出来ている。猛烈なスピードの中に、ノーテンキな迫力とエキゾチシズムが明滅する気の利いた小品となっているんだ。弦と木管にとっては指の大運動会だがね。
運動会といえば、もう秋。不景気風が骨身にしみるが、今年も何とか越せるかのぉ・・・。

迷ホラ吹き:こんな所でしみじみしてどうするんですか。オヤジじゃなくてジジイみたい。

副指揮者Y:とにかく細かい動きで、しかもしっかり鳴らさなければならないので大変です。次は、ドヴォルザークを凌駕するほど土俗的なムソルグスキー(1839-1881)です。

迷ホラ吹き:でも「展覧会の絵」って、そんなに土俗的ではないように思いますが・・・。あっ、そうか。音のペテン師、じゃなかった魔術師ラヴェル編曲しているからですね。そういえば原典版で「はげ山の一夜」を聴いたとき、普段よく耳にするリムスキー=コルサコフ版と違って、すごく土臭かったっけ。

副指揮者Y:ムソルグスキーは、友人の画家・ハルトマンの遺作展で見た10枚の絵の印象をピアノ独奏曲として作曲し、1874年に発表したのです。そして「ボレロ」で有名なラヴェルがオーケストラに編曲したのは、作曲者の死後40年も経った1922年のことでした。

ぼやきオヤジ:他にもオーケストラに編曲した人は何人もいるが、ラヴェルにかなう奴はいないんだな。
曲の冒頭、いきなりラッパを嚠喨と吹き鳴らすところからカッコイイだろう。この旋律は何回も出てくるが「プロムナード」ってのは散歩道といった意味で、展覧会へ行くときの気分や会場内の雰囲気を表している。絵を見たときの感情表現でもあるってことさ。

迷ホラ吹き:いきなり・・・か。トランペットの人は緊張するだろうなぁ。

ぼやきオヤジ:「こびと」のあとのプロムナードは、いきなりホルンのソロではじまるんだったな。

迷ホラ吹き:・・・・・・ゴクッ。・・・ぶ、舞台に上がる前に、ト、トランペットの人と一杯やっておこう。

ぼやきオヤジ:それはいい。ムソルグスキーはアルコール中毒で死んだんだ。

副指揮者Y:・・・ゴホン。
北欧神話などには、宝物を守る地中のこびと「グノム」がよく出てきます。侏儒ともいって地中の精ですが『白雪姫』の7人のこびとより『ニーベルングの指環』のアルベリッヒミーメのイメージでしょう。

ぼやきオヤジ:つまり、いい奴というより陰鬱で不満たらたらな卑しい奴ってことだな。

副指揮者Y:静かなプロムナードをはさんで次の曲。中世の城の前で、吟遊詩人がノスタルジックな歌をうたい、昔を回想するのが「古城」です。

迷ホラ吹き:よくぞ使ってくれました、アルト・サキソフォン

副指揮者Y:再びプロムナードをはさんで、次はパリのルーブル美術館前の「テュイレリー」公園の風景です。母親が子供たちを遊ばせています。

迷ホラ吹き:公園デビューって感じ。中間部は子供の喧嘩をたしなめる優しいお母さんかな。

副指揮者Y:そして「ビドロ」は、ポーランドのどんよりと曇った寂しい田舎の風景です。大きな車輪の牛車がゆっくりとやって来て、引摺るように遠ざかっていきます。

ぼやきオヤジ:ビドロってのは本来『家畜』のことで、『黙々と重労働に従う百姓』といった意味が含まれる。ポーランド農民の憂鬱なんだ。テューバ(ユーフォニウム)のソロが聴きものだな。
その後、ビドロの重苦しい感動に後髪を引かれるようなプロムナードをはさんで「タマゴの殻を付けたひな鳥のバレエ」になるが、これは、その題名の通りだから説明の必要もなかろう。うまく演奏できれば、の話だがね。

迷ホラ吹き:ハハ・・・ハ・・・。

副指揮者Y:「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」はでっぷりと太った金持ちと、貧相にやせて貧乏なユダヤ人です。尊大なゴールデンベルクにシュムイレがぺこぺこ頭を下げてお金を借りようとしますが、最後はゴールデンベルクの一喝で終わります。

迷ホラ吹き:ミュート付けたトランペットがシュムイレですね。うちのトランペット族はみんなお金持ちのような体形で、シュムイレというよりゴールデンベルクって感じですけど、媚びてまとわりつくような雰囲気が出るんでしょうかねえ。

副指揮者Y:「リモージュの市場」では騒がしい女達のおしゃべりが聞こえてきます。そして、ローマ時代の地下の墓場を不気味な和音の連続で描いたのが「カタコンブ」です。
続くプロムナード「死んだ言葉による死者との対話」は、鬱々とした死の世界の気分に満ちています。そして、ついに恐ろしい「ババ・ヤガー」。

迷ホラ吹き:待ってました! パチパチパチッ。
ババ・ヤガーって魔女でしょ。ぼくは魔女大好きなんですよ。フンパーディンク作曲の『ヘンゼルとグレーテル』とか、ワーグナー作曲の『ワルキューレ』とか。

副指揮者Y:ちょっと待って下さい。ワルキューレは魔女ではないでしょう。

ぼやきオヤジ:神の使いと魔女を一緒にするとは、呆れたもんだな。

迷ホラ吹き:空飛ぶ馬に跨がって奇声を発しながら飛び回るんですよ。同じようなもんでしょ。

ぼやきオヤジ:がっくりくるね。ワルキューレは美女、魔女はババ。ババ・ヤガーはロシアの伝説上の妖婆で、人間の骸骨を集めて煮えた鉄の中に入れて道に敷き、その上を箒に乗って飛んでいくといわれているんだな。この異様な雰囲気と迫力は只者ではなかろう。

迷ホラ吹き:スカーッとすることに違いはないでしょ。

副指揮者Y:はいはい、いよいよ最後のクライマックス「キエフの大門」です。遠くの寺院から賛美歌や鐘の音も聞こえ、プロムナードの旋律もあらわれます。この壮麗壮大な終曲をもって「展覧会の絵」は堂々と終わるわけです。

迷ホラ吹き:オーケストラを聴く醍醐味ここにありといったところですね。こういう曲を一生懸命やったあと、ビアジョッキとの甘いキッスがたまらないんですよ。

ぼやきオヤジ:せいぜい「展覧会のエッ!?」にならないようにしたいものだ。苦いキッスもあるってことさ。まあ、甘かろうが苦かろうが、呑めればいいってことなんだがね。

副指揮者Y:あのー・・・。メインのチャイコフスキー(1840-1893)がまだなんですが・・・。

迷ホラ吹き:分かってますよ。オアズケってことでしょ。生つばでも飲んで耐えましょう。

副指揮者Y:チャイコフスキーの6曲の交響曲の中でよく演奏されるのは第4番、第5番、第6番「悲愴」で、作品としても優れています。当団でもこの3曲は取り上げたことがアリ、今回の第5番はなんと3回目ということになります。

迷ホラ吹き:メロディは綺麗だけど、どの曲も暗く否定的で気が滅入ってくるんですよね。

ぼやきオヤジ:4番と5番は運命動機が全楽章を支配するため「運命の交響曲」といわれているんだが、5番はそれほど深刻ではない。第1楽章の副次主題や第2楽章のテーマなど夢のようだし、第3楽章はワルツという新機軸だ。気が利いているじゃないか。そして終楽章では運命動機が力強く明るく奏される。オーケストレイションだってラヴェルには負けん。

迷ホラ吹き:音符の数が多すぎて疲れるんですよね。運命の交響曲といったってベートーヴェンなんかに比べると無駄が多いでしょ。

ぼやきオヤジ:そういうことは言うもんじゃない。人生無駄があるから味がある。夢を見ているうちに悲哀に打ち勝つことができるなんて、こんないいことはなかろう。ベートーヴェンのように闘いは要らないってことさ。タタカイハンタイ、戦争反対!

迷ホラ吹き:なにわけの分かんないこと言ってんですか。あなたボケおやじでしたっけ?

副指揮者Y:どっちがぼやきオヤジさんか分からなくなってきたので、このへんでお開きにしましょう。二人ともブツブツ言ってないで、さあ、愛するビアジョッキのもとへ急ぎましょう。

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